洗練と素朴

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連続トーク「ロマネスクとゴシック」

金沢百枝 + 菅野康晴

金沢:
菅野さんが2004年に『スペインの歓び』という本を作っていた時に、私はたまたまカタルーニャ地方の刺繍について研究をしていたので、カタルーニャ語の翻訳を手伝う形で菅野さんと出会いました。私が博士論文を書き終わった後、おもしろいことを一緒にしようということで、菅野さんが『芸術新潮』に移ってから『イギリス古寺巡礼 ノルウェーの森へ」という1冊を出しました。

菅野さんが『トンボの本』に移られてからは「イタリア古寺巡礼」シリーズをまとめてきましたが、いろんなところを一緒に旅をしたものを自分なりに咀嚼した、まぁ、一里塚のようなものです。まだ旅は終わっていませんが、今のところの成果をまとめた『ロマネスク美術革命』という本を2015年に出しました。

『工芸青花』は現在7号まで出ていて、毎号ではないんですが、ここでもロマネスクについて書いています。それから池袋の自由学園の明日館というところで「キリスト教美術を楽しむ」という講座を毎月一度やっています。

私と菅野さんが憧れる『ゾディアック叢書』というフランスで出されている本があるんですが、アンジェリコさんという修道士が50年間かかってヨーロッパ中のロマネスク教会を回っているんですね。私たちもヨーロッパ中を15年間かけて回ろうと計画したんですが、まだあんまり行けていません。

菅野:
『ゾディアック叢書』は修道士たちで撮影し、記事は専門家が書いて、修道院の中に印刷所を設けて出しています。それに倣ってわれわれもヨーロッパ中のロマネスク教会を国別に叢書のような形で出せないかと思っているんです。

金沢:
『青花』創刊号でアンジェリコさんに会いに行ったんですが、もう九十何歳でしたっけ。

菅野:
アンジェリコさんは画家でもあるんですが、金沢さんがゾディアックのことを調べている時に、たまたま『ボザール』というフランスの美術雑誌で彼の画業を紹介する特集記事を見つけて、「どうも生きているらしい」と。

金沢:
修道院にメールしたらすぐに返事がきたので会いに行ったんです。私はサインまでいただいたんですけど、宛名がちがっていた。「アキナワ」になっていて、アキナワってなんだ、と。書き直させちゃったという。

会場:(笑)

金沢:
『ゾディアック叢書』の刊行から半世紀以上経っているし、日本人の私たちがやることで何か新しいことができるんじゃないかと最初は希望に満ちていたんですが、調べていくうちに、アンジェリコさん、すごいんです。消防車を使うとか、空軍のヘリコプターに乗ってモン・サン・ミッシェルを撮影するとか、ちょっと太刀打ちできないと思いつつ、今はそれでも1年に1度行けたらいいなという感じで続けています。

ロマネスクとゴシックについてちょっとお話をしますと、古代が復活あるいは再生すると考えたのがルネッサンスという時代で、古代とルネッサンスの間の暗黒時代を指すのが中世です。4世紀から1000年ぐらいの間が中世で、その中世における春のような時代がロマネスクです。

10世紀末ぐらいから13世紀ぐらいがロマネスク。ゴシックはものすごく長くて、12世紀半ばに始まって16世紀ぐらいまで続きます。ルネッサンスは14世紀ぐらいに始まりますから、ルネッサンスにもかぶっていますね。所によってはルネッサンスはない。北のほうはルネッサンスはなくて、ゴシックがずっと続いている感じです。

菅野:
ドイツはゴシックが強くて、ルネッサンスが弱い地域ですよね。イギリスもそう。

金沢:
そうですね。いきなりバロックにいく感じかもしれない。

ロマネスクは「ローマ風」という意味の英語です。時期には諸説あって、起源とされる場所も複数あるんですが、特徴は、教会建築に古代ローマ風な半円アーチを使ったことです。

ゴシックは「ゴート人の」という意味の、ルネッサンス期のイタリア人が侮蔑的に考えた言葉です。ゴート人はゲルマン人のひとつで、古代ローマを破滅させた部族のひとつです。

菅野:
蛮族的な意味ですよね。

金沢:
そうですね。ロマネスクは当時、「opus francigenum(オップス フランキゲーニヌ)」つまり「フランス様式」と呼ばれていました。パリを中心とするフランス王領のイル=ド=フランスという地域で、12世紀半ばにシャルトルとかサン=ドニあたりで生まれて、フランスから隣接する諸国へ伝播して流行していったといわれています。

ロマネスクはヨーロッパ初の共通様式ですが、地域によって本当にさまざまです。ロケーションもずいぶんちがいます。これはスペイン北部、一昨年行ったところでしたか。山の上も結構あります。これは『イタリア古寺巡礼ミラノ→ヴェネツィア』に出ている教会です。アルプスが見えます。これはイギリス東南部で、すごくやせていますけれども、かやぶき屋根の教会です。これは『イタリア古寺巡礼』の2巻目ですね。イタリア、カセンティーノ地方の(ロメーナ?)というところです。で、フランス、サン・ブノワ・シュル・ロワール修道院ですね。この辺りはゴシックだったり、バロックもちょっと。改築もあります。

山もありますが、海もありまして。南イタリアのプーリア、これは本当にきれいで、石がほんのりバラ色です。真っ青な海と空によく映えています。後ろにちょっと見えるのはフリードリッヒが建てた城です。モダンで格好いいですよね。

菅野:
シチリアの名工ですね。

金沢:
はい。これはイタリア、アンコーナの白い教会ですが、地元の白い石を使っています。ロマネスクの教会はどれもその土地の石で造られているので、風景によく溶け込んでいます。本当は海から撮りたかったんですが、この時期にはボートが出ていなくて、崖の上に登らされました。

(ネダイブ?)もシトー会なんじゃないかといわれているくらいシンプルな教会で、素朴なのか洗練なのかはわかりませんが、すごく心落ち着く空間があります。ここは三谷さんもいらっしゃった(キウイジ?)の教会です。イタリアですね。

これは多分、一番有名なロマネスク教会だと思うんですけれど。ピサですね。

ゴシックはだいたい都心にあって、空をつんざくような尖った塔、というのが一般的です。

シャルトルとか、パリのノートルダム。これはちょうど坂田さんと一緒に取材していた時に、私が合流して撮った時の写真です。ケルンですね。イタリアの方に来ると、ゴシックでもちょっと幅広になってきますが、基本的に装飾過多です。

スペイン北部のロマネスクを巡って驚いたのは、スペインもゴシックの大聖堂が多いんです。これはブルボス。それからレオン。

見た感じが全然ちがうのでわかるとは思うんですが、ロマネスクとゴシックの見分け方、まずはアーチの形です。ロマネスクは半円アーチ。ゴシックは尖頭アーチ。尖頭アーチにすることで、より多くの光が入るし、高さが作れる。じつは半円アーチより尖頭アーチのほうが、壁が崩れにくい構造です。推力という力の分散がちがってきます。だからロマネスクだと半円アーチですが、ゴシックだと全部アーチが尖っています。

これはこの前行ったスペイン北部のフロンターニャです。石造りの天井で、半円アーチが続いているヴォールトで、ちょっと暗いのが特徴です。

それに対してこれはイギリス、カンタベリーの大聖堂。ゴシックは外側に飛梁(とびばり)という壁を支えるものを作るので、壁自体を薄くできます。高さも高くなります。

ロマネスクとゴシック。ひとつの聖堂のなかで両方を見ることができますが、ロマネスクの部分は全部半円アーチで、ゴシックの部分は尖ったアーチ。内部に入ってもロマネスク時代の部分は半円アーチが続き、ゴシックの時代に増築した部分は尖頭アーチが続いています。

ここは地下が全部ロマネスクになっていて、柱頭も残っています。これはイタリア風といわれているものです。だいたい柱の上に彫刻があります。彫刻はどういう意味ですかと聞かれても、悪魔が股裂きの刑にあっている、みたいな、わからないものがほとんどです。

ロマネスクとゴシックの見分け方、もうひとつ、プロポーションが全然ちがいます。「コロリ」と「スラリ」でまとめました。左側がフロンターニャ、コロリとしています。そしてシャントルはスラリとしています。ゴシックはどんどん高くなっていきます。高いものでは50メートル以上。

ゴシックとロマネスクは案外くっきりと分かれるんですが、じつはロマネスクはゴシックの起源でもあるわけです。たとえばゴシック建築の特徴のひとつである「リブ・ヴォールト」。恐竜の背骨みたいな部分が天井にあって、イギリスではレースみたいな飾りになっていきます。これは構造ではなく、単なる天井の飾りです。

それがもっとも早く現れるうちのひとつがダラムです。ダラムはイギリス北部の聖堂で、ものすごく高い聖堂ですが、ロマネスクです。柱もとっても太い。ダラム大聖堂は25メートルなので、パリのノートルダム大聖堂より少し低いぐらい。ロマネスクの一番大きい建物が、ゴシックの低い方という感じですね。

菅野:
リブ・ヴォールトはイギリス発祥ですか。

金沢:
いえ、ノルマン建築といって、ノルマンディーの建築が元だといわれています。

フランス、ブルゴーニュ地方にあるシトー派のフォントネー修道院は、ロマネスクだけど、聖堂のような大きな空間では尖頭アーチを使って、低い部分は全部半円アーチになっています。

イギリスを征服したウィリアム征服王ギヨームが建てた教会堂がフランスにあるんですが、これと奥方であるマティルダが建てた教会、この二つもかなり古いロマネスクの教会で、半円とリブ・ヴォールドがある教会だといわれています。ほとんどゴシックに近いですね。

ゴシックになると柱の上の装飾が少なくなってきますが、このサンタ・トリニテという女子修道院は、そこそこおもしろいのがちょこっといます。ゴシックになると植物になって、ひと手間かけたものは少なくなってきます。

菅野:
柱頭彫刻で悪魔がいたり動物がいたり、いろんな物語が刻まれるというのは、ロマネスクに限られた表現ですね。そこがおもしろい、おもに見どころですね。

金沢:
コロリとスラリで彫刻も見ていきたいと思います。これは左側がロマネスクで、右側がゴシックの彫刻なんですが……

菅野:
同じ聖母子像。ゴシックはシナを作る感じですね。

金沢:
S字曲線という優雅なポーズを取るんです。宗教美術の中に貴族の文化が入ってきて、マリア様がお姫様のようになっていくんですね。

右側はノルウェーで撮影した、目が青いマリア様です。左側はスペイン、カタルーニャのもの。ちょっと目つきが恐い。これはオビエドで撮影したもので、スペインっぽい美形なマリア様です。これもスペイン。マイクもったら離さないっていう。

会場:(笑)

金沢:
本当はマイクではなく、豊穣を意味するザクロを持っています。こういう聖母マリアは後ろに穴が開いていて、聖遺物入れにもなっています。これはクルミで、着彩されているのが後ろ側に残っています。

菅野:
きれいですね。聖遺物というのは、聖人とかキリストの遺品とか。骨とか着ていた服など、ものを崇拝するんですね。

金沢:
これは目がガラスになっています。ブルゴーニュ地方のもので、ニューヨークのメトロポリタン美術館にあります。クロイスターズ美術館、分館のほうです。これはスイスのチューリッヒの歴史博物館にあるもので、去年撮ったものです。ともさかりえみたいな、ちょっと独特な感じです。聖母だけではなく、キリストも雰囲気があるのがロマネスクです。これは今の私です。夏休み来ないかなっていう私。

会場:(笑)

金沢:
目が開いているのが特徴ですね。12世紀ぐらいから、ちょっと苦しみだすんです。きれいなものが好きだと、ゴシックの彫刻がいいと思うかもしれません。リアリズムがだんだん出てきますね。これは何ともいえない表情が魅惑的な聖母子像です。

それからリーメンシュナイダーですね、ゴシック後期のドイツの木彫作家です。ご覧のように、ゴシックには明らかにリアリズムというのが出てきます。それを抽象化といっていいのかどうかはわかりません。

「エリザベスご訪問」という同じ場面ですが、いとこのエリザベスと聖母マリアが互いに子どもを妊娠したことを抱き合って喜ぶ。うれしいね、良かったね、という場面です。

右側のゴシックと左側のロマネスクでは、左側のほうが物語的にはわかりやすく良かったねというのが伝わってくる。ロマネスクにおいては、伝えることが重要だったということがわかる作品です。

菅野:
どちらに洗練を感じるか、素朴を感じるか。難しいですよね。

金沢:
確かに。右側はベリー公の『いとも豪華なる時祷書』という写本挿絵の最高峰といわれている絵です。

菅野:
ゴシック芸術のある種の頂点ですね。

金沢:
左側はカタルーニャ、ソルソナというところにある板絵です。

菅野:
現代的な目で見ると、左側のデザイン化された空間構成や色の配置は、モダンでよくできているから洗練と言いたくなる感じですね。でもそういう感覚は、じつはロマネスクが洗練されていて、(ゆうしょう?)表現としてすごいんだという感覚は、ヨーロッパにおいては20世紀までなかったんです。まったく評価されずにきて、20世紀になってようやく……

金沢:
1920年代か30年代になってモダンアートが出てきて、ようやく「あ、これおもしろいんじゃない?」となってくるわけです。それまでは見捨てられていたり、壁に塗りこめられていたけれど。

地方に残っているロマネスクは多いんですが、都会の中にもあります。これはスイスのネグレンティーノというところです。

菅野:
山が深いところにぽつんと立っているのが、いわゆるロマネスクイメージのひとつの典型ですね。われわれもそれが好きで取材の旅を続けているわけですけど。

金沢:
そうですね。自分たちはこういう方が好きなので、ぽつんと離れた系に行きます。

これはチヴァーテ。今回、展示しているのは、この教会です。車では行けなくて、1時間ぐらい山登りをしないと教会にたどり着けないんです。登りきってクルッと振り返ると湖がわぁっと見えて、圧巻です。それから塔ですね。教会はどこだろうと思いながら探しているときに、塔が見えてくる。

菅野:
巡礼者が遠くから見えるように。

金沢:
先ほどのノルマンディーのゴシック建築のもとになった修道院は、街のど真ん中にあります。それからモドラ。イタリアは早くから都市化が進んだので、イタリアの都市の多くは大聖堂がロマネスクです。なので、ロマネスクは田舎にあって、ゴシックは都会にあるというわけではないんです。

ここは鉱山の町として栄えたところですが、町全体がロマネスクのまま、中世のまま止まっているような地域です。ここも教会が街の真ん中にあります。

菅野:
ロマネスクやゴシックの時代は、周りの家がほとんど木造だったから、教会がひときわ目立っていたでしょうね。

金沢:
これは洗練だと私が思うロマネスク彫刻を出します。これは風の擬人像で……

菅野:
袋を持っていますね。そこから風が出ていく。きれいですね。この擬人像がいなければ、ローマ時代の柱頭まんまですね。何式でしょう。

金沢:
コリント式の柱頭そのまま、みたいな感じですが、これは一昨年スペインに行った時に撮りました。キョロちゃんって呼んでるんですが、チョコボールを積んでいるんですよ。

会場:(笑)

金沢:
これも同じ場所ですが、魚をもった人魚がいます。これもよくできているなぁと思うんですが。これはハカの大聖堂の博物館で「これ本当にロマネスク?」というぐらいのできです。石でバスケット文様を彫るのは大変なことだと思います。これはシロスです。

菅野:
時々こういう抽象的ですごくきれいな幾何学や植物の模様が、ぽっと挟まれたりするのが、またいいですよね。特に規則性もなく入ってくる。

金沢:
このバスケット文様の隣に、すごく大きなシロスの彫刻があるんですが、ロマネスクの浮彫のなかでは最高峰ですね。

菅野:
ここは本当いいところです。光の変化によって見え方が変わってくる。まぁ、柱頭と回廊くらいしかロマネスクは残っていないんですけど。

金沢:
建築はそれほどでもないですが、この回廊の彫刻を見ているだけで何日でもいられそうな……

菅野:
使徒の足の組み方がひとりずつちがっていたり、表情がちがっていて。すごい単純化されているんだけど、見飽きない。

金沢:
素晴らしい教会です。これはフランス、オルネーですね。『工芸青花』4号にも出ています。巡礼路のそばに建っている聖堂ですが、ここの柱頭彫刻もすごくおもしろいです。なぜか作りかけの彫刻が柱頭に載せられている。高いところで作業することは絶対にないので、完成していないものを載せることはないはずなので、すごくめずらしくて不思議です。

これはサムソンという旧約聖書の英雄が、デイラという恋人の悪女によって敵に売られて髪の毛を切られてしまう場面です。この大きなはさみがすごい。とても腕のいい彫り手で、鎖帷子の細かさとか、竜が火を吐いて、それを防火している盾がまたすごい。竜から助けてもらったお姫様の服のヒダとか、本当に素晴らしい彫刻です。

菅野:
ひとつずつ細かく見ていくと楽しくて、ギュッと細部に見入る感じが、ゴシックではなくなるんですよね。

金沢:
全部同じになっていく。これは同じ聖堂の扉口ですが、一番上が怪物の層で、こちら側が長老たちで、ここに聖人たちがいるらしいんですが、ひとつずつちがうんですよ。腰のひねりもすごくいいし、じつはここの回廊のアーチは、下から見るとさらに支えている人たちがいるんです。

あとこれ、スペインのアラゴン地方のウンカスティージョに一昨年行ったんですが、「持ち送り」という教会の軒下のあたりにある彫刻が、ロマネスクならではの素朴ではなく、かなりうまいんですよ。今のところ私にとっての「持ち送り彫刻マイベスト」がうさぎと犬です。それ以外にいい彫刻はないかと、いつも目を皿のようにして見ているんですが、なかなかいいのがない。

ロマネスクのいい例を出しましたが、これは素朴だというのも持ってきました。ダラム城です。現在はダラム大学になっていて、大学が行なうツアーでないと入れません。地下礼拝堂が砂岩でできていて、すごく暗いんですが、そこにいる人魚が何ともいえない適当さ。グローブのような手、チャックされちゃったみたいな口、ざんばら髪とか、ものすごく素朴ですよね。

菅野:
さっき見ていただいたように、ダラムはゴシックに通じる先進地域でもあったけど、こういう彫刻も同時にそこにあるのは、おもしろいところですね。

金沢:
ダラムはスコットランドに対する戦略拠点でもあったので、ものすごいお金もあるとこなんです。

菅野:
同じ教会でも、丁寧な彫刻とそうじゃないものがある。それが不思議ですね。

金沢:
これはイギリスのノースグリムストンというところで、キリストを十字架から降ろそうとしている場面です。誰かに教えてもらったんじゃなくて、がんばって肋骨を作って、乳首がずれちゃってるけど構わないとか、そういう「がんばってる表現」が試行錯誤している。

同じ洗礼盤の左側に最後の晩餐の場面があって、みんなが食べているんですけど、すっごいもぐもぐしているんです。「狙ったのか?」と思うほど、もぐもぐしていますね。これも素朴かな。

最後に「手作りと大量生産」のお話しをします。

12世紀のイギリスには、とてもいい鉄細工があって、具象的な文様を作っています。スペインやフランスでは見られない。竜がいて、船があって、魚がいる。そういう模様ですが、全部手作りです。これは太陽を意味しているんじゃないか、北欧神話のラグナロクという世界最後の日を表してるんじゃないかという説もあります。

北欧では中世に、こういう具象的な鉄細工があります。私は実見したことがないんですが、やはりロマネスクですね。これがゴシックになると大量生産になります。これはパリのノートルダムです。すごくきれいですが、全部鋳型を取っているので、どこでも同じタイプのものが作られるようになります。

床もそうです。これは南イタリアのオトラント大聖堂の床モザイクですが、靴をはいている猫がいたり、象がいたり、怪物がいたり。これをモザイクといって大理石やガラスの破片で絵を作っています。床全部を作るのに2~3年はかかります。そういうのと同時に、ロマネスクのものですが、大理石を切って飾りを作るとても高価な技法もあります。

これはシトー会のゴシックとロマネスクの間の時期ぐらいなんですが、タイルで作る床が出てきます。大理石より安くできます。色がちょっと褪せていますが、本来は緑とか赤とか、いろんな色だったと思います。ひとつずつ一点ものですから、これでもやっぱり手間なんですね。それがゴシックになってくると、タイルを大量生産していきます。

菅野:
型で同じ柄のものを作る。

金沢:
ゴシックの大聖堂が巨大化して各地に建てられて、そういう流れの中での変化なんだと思います。

菅野:
連続トークショーの2部では、手仕事と機械生産のちがいを現代工芸のジャンルで話しましたが、同じ問題がロマネスクとゴシックでも起きていますね。

金沢:
教会以外の人々が裕福になってくる時代ですから、富の分散化があったのかもしれないですね。王様とか貴族だけではなく、裕福な商人とかいろんな人が、こういうタイルを注文するようになるわけです。

菅野:
教会が大きくなって部材がたくさん必要になり、しかもたくさん建つようになり、そうすると、その場でフリーハンドで職人が作るようなやり方では追いつかなくなって、必然的に量産体制を敷かざるを得なくなった。それにより様式も変わっていった、ということですね。

金沢:
はい。その時期には都市化が進んで、みんなが屋根瓦を使うようになった。屋根瓦職人とタイル職人は一緒だったみたいです。

14世紀になるとペストの流行でヨーロッパの三分の一の人口が亡くなります。ひどいところでは半分が死んだといわれています。人が少なくなって職人は給料が高くなって、さらに栄えたようです。人手が足りないから、どんどん官営的になった、ということです。

菅野:
ご質問がありましたら、どうぞ

質問者1:
私はロマネスクが好きで、カタロニアもずいぶん歩いたんですが、どうしても釈然としないのが、ギリシャ・ローマの完璧な大理石の石彫をずーっと作ってきてローマが倒れる。その後にロマネスクのようなプリミティブな、いってみたら線でばばばっとやるようなものが、なぜ湧いてきたのか。ミロのビーナスに見られるようなギリシャ・ローマの完璧な美しさがずっと流れてきて、なぜ突然ロマネスクなのか。回帰というのか揺り戻しというのか、これがわからないんです。

金沢:
ケルトとかゲルマン人たちの文化が混ざってそうなったとはいわれていますね。

菅野:
この間スペインを取材した時、古代ローマからの町に行くと出土品がたくさん出ていて、そのなかにロマネスクと同じようなヘタウマ系の墓碑彫刻があるんですよ。ローマは強大だったので資本もあったでしょうし、いわゆるちゃんとした立派なものが作られていたと思うんですが、そうじゃないローマ、そうじゃないギリシャもあったんじゃないかと、それを見て思いました。

あれだけ写実的な技術をやっていたヨーロッパ人が、同じ土地でまったくちがうものが生まれ、ロマネスク、ゴシック、ルネッサンスになってまた戻るじゃないですか。たとえば朝鮮の焼きものを見ると、高麗青磁があれだけ完璧で、中国人もびっくりするようなものを作っていたのに、李朝になると初期の三島とか、まったくちがう感じになる。ローマを狙いながらロマネスクになっちゃうのに近い感じだと思うんですよ。

だから造形は、時代とともに変わるものだと思うんですよね。精神的な背景があったり、社会的、政治的な背景もあると思うんですけど。私も取材していて謎でした。

金沢:
ブロワ朝のヘンリーというイングランドの司教はローマの彫刻が好きで、古代ローマの彫刻を取り寄せていたらしいんです。だけどその人が作らせたものは、コロコロした形の人物像なんです。私たちと彼らでは、なにを良しとするのか、そもそもちがうのかもしれない。

質問者2:
質問というよりは感想に近いんですが、ロマネスクの素朴と洗練、どちらも私にはすごく魅力的に思えました。人間は新しさを求めて素朴だったり洗練だったり、常に揺れ動いているものなんじゃないかなと思いました。素朴と洗練は、時代とか地域とかで分かれているんですか。

菅野:
ダラムは洗練された西洋建築でありつつ、素朴な柱頭彫刻がある地域であり、時代ですよね。

金沢:
分かれてはいないかもしれないですね。スペインに行ったら結構みんなうまくて、特にアラゴンのあたりは立体的で。

質問者1:
繊細に彫り込んでありますよね。

金沢:
ゴシックなんじゃないかというくらい。

菅野:
上手下手の価値基準があったのか、よくわからないんですよね。それがおもしろいところで。だからこそ多様性がある。洗練と素朴というテーマで考えると、ゴシックは確立的で、ロマネスクは多様的。洗練という志向は、ミニマルアートみたいな、ドナルド・ジャッドの箱みたいな、確立化に向かうんじゃないかなと思います。素朴は、世界の多様性を残すひとつの手段なのかなと思いました。